大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)471号 判決 1973年4月25日

原告 井上陽子

被告 株式会社イナホ

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一、原告

被告はその発行する刊行物に「アルバイト、パートタイマー情報」という標章を附し、これを附した刊行物を販売、領布してはならない。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および第一項につき仮執行の宣言。

二、被告

主文同旨

の判決。

第二当事者の主張

一、原告

(請求の原因)

1 原告はつぎの商標(以下「本件登録商標」という。)の商標権者である。

出願   昭和四四年六月一七日

公告   昭和四五年一二月四日(昭和五年―五九一九四)

登録   昭和四六年七月二九日

登録番号 第九一三五〇三号

指定商品 第二六類 新聞

商標の構成内容 別紙記載標章(1)のとおり、同じ程度の大きさ、ゴジツク書体で左から右へ「アルバイトニユース」と片かな文字を横書きしたものから構成されている。

2 被告は昭和四五年一一月一日頃以降別紙記載標章(2)のとおりの左から右へ「アルバイト、パートタイマー情報」と横書きした文字標章(以下被告商標という。)を附した日刊の広告専門誌(以下登録商標の指定商品たる新聞)を発行、販売している。

3 商標の類似は、外観、称呼および観念の三点から観察し、そのいずれかの点において同一または類似であれば類似の商標ということができるのであるが、つぎのとおり、被告商標と本件登録商標は観念の点において同一であり、外観および称呼の点において類似しているから、結局被告商標は本件登録商標に類似している。

(一) 観念の同一 本件登録商標は「アルバイト」および「ニユース」という語の結合から構成されている。そして、「アルバイト」なる語は仕事、勤労・労働・学問上の業績・研究の成果、学生などの内職・バイト等の字義を有し、「ニユース」なる語は、珍奇なこと、新しい出来事、またその報道等の字義を有し、右報道とは社会の出来事などを広くつけ知らせることの字義を有している。したがって、本件登録商標「アルバイトニユース」からは学生の内職を広く知らせるという観念を生ずる。

他方、被告商標は「アルバイト」、「パートタイマー」および「情報」という語の結合から構成されている。そして、「アルバイト」なる語は本件登録商標のアルバイトと全く同一であり、「パートタイマー」なる語はパートタイムで働く人、或る時間だけ勤務する人、慣行または標準の労働時間より少い一定時間を勤務する人、短時間勤務者の字義を有し、「情報」なる語は或ることがらについての知らせという字義を有する。したがって、被告商標「アルバイト、パートタイマー情報」からは、本件登録商標と同一の、学生の内職を広く知らせるという観念を生ずる。

(二) 外観の類似 商標の類似とは二個の商標が取引上一般人の眼から見て彼此紛わしく混同誤認を生じ易き程度に相似することをいうのであるが、二個の商標を直接併列対比すれば容易に差異を見出し得るときでも、時と場所とを別にしていわゆる離隔的に観察すると彼此混同を生じ易き場合には相類似するものと解すべきである。

右の観点からすると、被告商標と本件登録商標はいずれもその要部とする「アルバイト」なる語の部分を共通とするうえ、両商標とも同じ程度の大きさ、ゴシツク書体の片かなで左から右へ横書きした文字商標であるから、時と場所とを別にしていわゆる離隔的に観察すると全体的外観において彼此混同を生じ易く、結局類似しているというべきである。

(三) 称呼の類似 両商標ともにその要部とする「アルバイト」の部分が最も強く感受され、全体としての音調が著しく似通っているから、結局類似しているというべきである。

4 以上により、被告が本件登録商標の指定商品に該当する日刊新聞に被告商標を付して販売する行為は原告の有する本件登録商標権を侵害するものであるから、原告は被告に対し被告商標の使用差止を求める。

(被告の主張に対する原告の反論)

被告の挙示する各商標が登録されている事項は認めるが、それらはつぎに述べるが如き理由によって類似していないと判断されて登録されたものであると考えられるから、右各登録商標の存在によって被告商標が本件登録商標に類似する旨の原告主張の根拠が覆えされることはない。

(1) 「アルバイトニユース」と「アルバイト速報」について。「速報」なる語はある事が起こるとさっそく知らせること、またその知らせとの字義を有しているから、「ニユース」と「速報」とは観念が否類似ということができる。

ただ、両商標とも「アルバイト」という語を共通にしているため、後願の「アルバイト速報」を独立商標として登録することには疑問が残るのであるが、この場合出願人が同一人であるため出所に混同誤認を生じるおそれがないという事情も考慮されたものと思料される。

(2) 「スーパーマーケット」と「スーパーマーケット速報」について。「スーパーマーケット」から生じる観念はスーパーマーケットについてのニュースを掲載している刊行物ということであるが、「スーパーマーケット速報」から生じる観念はスーパーマーケットについてのニュースを特に早く報道することを特色とする刊行物ということである。したがって、両者は観念が否類似である。

(3) 「週刊実話ニュース」と「週刊実話特報」・「週刊実話TIMES」について。「特報」なる語は特別の報道(ニュース)という字義を有するから、「週刊実話ニュース」と「週刊実話特報」および「週刊実話TIMES」とは観念が否類似である。また、「週刊実話特報」と「週刊実話TIMES」とは連合商標の関係にある。

(4) 「デパート通信」と「デパートニューズ」について。「通信」なる語は郵便、電信、電話などによって人がその意思を他人に知らせることという字義を有するから、「デパート通信」と「デパートニューズ」とは観念が否類似である。

(5) 「毎日ニュース」と「毎日情報」について。「毎日情報」は「毎日ニュース」の類似商標と考えざるを得ないが、両商標とも出願人が同一(株式会社毎日新聞社)であるから出所に混同誤認を生じるおそれがないという事情が特に考慮されて、例外的に登録されたものと思料される。

(6) 「写真公報」と「写真情報」について。「公報」なる語は官庁から国民への公式の知らせという字義を有しているから、「写真公報」と「写真情報」とは観念が否類似である。また、「写真公報」は大蔵省印刷局の発行するものに附される商標であるから、出所に誤認混同を生じるおそれがないという事情も考慮されて登録されたものと思料される。

二、被告

(請求原因に対する答弁)

1、請求原因1の事実は認める。

2、請求原因2の事実は認める。

3、請求原因3の事実は否認する。被告商標は、本件登録商標にない「パートタイマー」という文字が含まれており、両者は同一の観念を有しない。

また両商標の外観の相違は全体の類似性を否定する程顕著であり、称呼においても被告商標には中間に「パートタイマー」が入り最後は「ジョウホウ」で終るのに対し、本件登録商標は「ニュース」で終っており、とうてい類似しているとはいえない。結局、被告商標と本件登録商標とは、全体として異るのみならず、観念、外観、称呼のいずれの点においても類似していない。

(被告の主張)

1、定期刊行物を指定商品とする商標については、その特殊性の故に他の商品の商標間の関係とは著しく趣を異にし、一般にその権利範囲の解釈について厳格な判断基準が適用されていることは商標界において顕著な事実である。右事実は定期刊行物に関するつぎの如き一見類似するともみえる商標が独立に登録されていることからも明らかである。

商標            公告番号     商標権者ないし出願人

(1)「アルバイトニュース」   昭四五―五九一九四 原告

「アルバイト速報」     昭四五―五九二九九 原告(独立商標)

(2)「スーパーマーケット」   昭三九―二八八一  (株)柴田書店

「スーパーマーケット速報」 昭三九―二九三八七 (株)週刊粧業

(3)「週刊実話ニュース」    昭三五―二四四四二 (株)東西新報社

「週刊実話特報」      昭三五―二六四一三 (株)双葉社

「週刊実話TIMES」   昭三五―二六四〇八 同右

(4)「デパート通信」      昭三二―一一九六三 広海貫一

「デパートニューズ」    昭三三―七四七八  中村多聞

(5)「毎日ニュース」      昭二六―一一六六  (株)毎日新聞社

「毎日情報」        昭二六―一四八四  同右(独立商標)

(6)「写真公報」        昭二九―二一九三七 大蔵省印刷局長

「写真情報」        昭二八―一一三五四 国際情報社

2、以上の各登録商標を対比すれば、定期刊行物を指定商品とする商標については、一般に微細な差異をもって各商標間の識別が可能であると考えられていることが明らかである。この観点からすると、被告商標は本件登録商標に無い「パートタイマー」なる文字を包含しているうえ「ニュース」と「情報」の差異もあるのであるから、本件登録商標に類似していないというべきである。

第三証拠関係<省略>

理由

一、原告が本件登録商標の商標権者であることおよび被告が昭和四五年一一月一日頃以降被告商標を附した日刊の広告専門誌(本件登録商標の指定商品たる新聞)を発行、販売している事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二、そこで被告商標が本件登録商標に類似するかどうか考察する。

1(観念について)

商標法三七条一号は、指定商品についての登録商標に類似する商標の使用行為は当該商標権を侵害するものである旨規定している。

登録商標は商品の識別標識として使用されるものである。登録商標を附した商品が流通に置かれたときは、人は商標をもって商品の出所の同一性を判別する。登録商標に類似するとは、取引の実際において、その登録商標と誤認混同する虞れがある程度に類似していることを意味する。そこで、商標の類否の考察として、通常外観、称呼、観念の三方面から観察し、そのいずれかにおいて誤認混同の虞れがあると認められるときは類似するものと解されている。それは、経験則又は取引の実際に照らし、登録商標が通常その外観、称呼、観念において顕著性あるいは出所表示機能を有するところから、商標の誤認混同が右の三つの面のいずれかにおいて生じるからである。したがって、経験則又は取引の実際上、ある種の登録商標においては、その字義から生じる観念そのものには顕著性なく、商標の機能である商品の識別力、出所表示力があるとは認められない場合は、当該商標に関しては観念の類似は商標の類否の判断の基準とはならないと解すべきである。

いずれも成立に争いない甲第五号証の一、二、乙第三号証、甲第六ないし一〇号証の各一、二、乙第一、二号証によると、いずれも新聞あるいは雑誌又はその両者を指定商品として、書体、字配りは区区であるが、「アルバイトニユース」「アルバイト速報」「アルバイトタイマー情報」「スーパーマーケツト」「スーパーマーケツト速報」「週刊実話ニユーズ」「週刊実話特報」「週刊実話TIMES」「デパート通信」「デパートニユーズ」「毎日ニユース」「毎日情報」「写真公報」「写真情報」等の文字からなる各商標が出願公告されている事実が認められる。

業界新聞、専門誌等の印刷物に、その掲載内容の関係部門を示すため、その業界、専門等の名を冠して、新聞、ニユース、情報、速報その他情報を意味する語を接続させた文字を商標として附すことが、一般に取引業界における慣行であるということができる。ところで、現在の如く極度に発達した情報化社会にあっては、業界あるいは専門分野に関する印刷物が多数発行され、あるいは発行されるべきことは、自然の勢いであって、これを阻止することはできないであろう。しかしながら、既に刊行物を指定商品とする登録商標が存するときは、需要者が商標の誤認混同を来さないよう、印刷物に附す商標の外観、称呼については格別の考慮が要求される。新聞等の出版事業が一般に解放されており、印刷物に附す商標が前記慣行により選ばれる関係上、商標の字義そのものはその刊行物が取り扱う内容を包括的に表わすに過ぎず、自ら一部共通あるいは全体として類似する結果となることを免れず、これを避けることは不可能ではないにしても極めて困難であるといわねばらない。したがつて、この種の印刷物に附す商標においては、商品の識別は、専ら商標の外観、称呼によるのが取引の実際であって、商標から生じる観念そのものは商品の識別能力に極めて乏しく、この観念には出所表示機能を期待し得ないものであると解されるのである。

本件登録商標は新聞を指定商品とし、「アルバイトニユース」との文字からなる商標である。右の文字からいわゆるアルバイトを広く知らせるとの観念が生じるけれども、前記取引業界の実情に鑑みると、本件登録商標から生じる右の観念そのものは自他商品の識別力ならびに商品の出所表示力を欠くものというべきである。

そうすると、被告の刊行物であることに争いない検乙第三ないし五号証によれば、被告はアルバイトないしパートタイマー関係の記事の掲載を主内容とする刊行物に、「アルバイトパートタイマー情報」との文字からなる商標を附しているのであるが、右商標が畢意、本件登録商標の「アルバイトニユース」と観念において一部共通、あるいは全体として類似するものであるとしても、これを理由としては、被告商標が本件登録商標と誤認混同を来たすべき類似商標であると認めることはできない。

2(外観について) 本件登録商標が別紙記載標章(1)のとおりであることは当事者間に争いがなく、同記載によると本件登録商標は同じ程度の大きさ、ゴシック書体で左から右へ「アルバイトニユース」と片かな文字を一列に横書きしたものから構成されている。他方、被告商標は別紙記載標章(2)のとおりであることは当事者間に争いがなく、同記載によると被告商標は「アルバイト」と大きく、片かなゴシック書体で左から右へ横書きしたものの下へ、「パートタイマー」と小さく、片かなゴシック書体で左から右へ横書きしたものと右アルバイトの文字よりやや小さな漢字で「情報」と横書きしたものを並列したものから構成されている。

してみると、右両商標は「アルバイト」という片かなの五字を共通にしているとはいうものの、その余の部分が、一方は「ニユース」、他方は「パートタイマー情報」とすべて相違しているうえ末尾に「情報」という漢字まで付加されており、かつ一方が横一例、他方が横二列の構成となっているものであるから、被告商標の外観が本件登録商標の外観に類似しているとはいえないことは明らかである。両商標間に右の如き外観上の顕著な差異が存する以上、両商標が時と場所とを別にして離隔的に観察すると彼此混同を生じやすく類似している旨の原告主張はとうてい採用できない。また、原告は本件登録商標は「アルバイト」の部分を要部とする旨主張するが、観念について「アルバイト」の部分が要部であると主張するのならばともかく、本件登録商標は同一の書体、大きさで「アルバイトニユース」と横書きしたものであるから、外観上において「アルバイト」の部分が特に要部であるということはできない。

3(称呼について) 本件登録商標の称呼が「アルバイトニユース」であり、被告商標の称呼が「アルバイトパートタイマージヨウホウ」であることは明らかである、してみると、両商標は「アルバイト」の部分を共通にしてはいるが、その余の部分が全部相違しているから、称呼において類似しているといえないことはいうまでもない。

4(誤認混同の事実について) 証人井上美悠紀および同山上隆ならびに原告本人は本件登録商標の附された商品と被告商標の附された商品とが現実に誤認混同されている旨供述するが、右供述の根拠とする誤認混同の具体例は、いずれも、その事例自体に徴し、「アルバイトニユース」が特定人によって発行された特定の内容を有するものであることを認識したうえとくに「アルバイトニユース」を選択しようとした者が、誤って「アルバイトタイマー情報」を購入しまたは販売もしくはこれを広告掲載をしたとみられるものではなく、学生アルバイトの求人広告掲載をしたとみられるものではなく、学生アルバイトの求人広告専門誌であれば、あえて「アルバイトニユース」にかぎることなく、同種の刊行物でもよいと考えていたために「アルバイトタイマー情報」がとりあげられたとみられる事例に属するものとみるのが相当であるから、右供述をもって購買者ないし求人広告主などが「アルバイトニユース」と「アルバイトパートタイマー情報」とを誤認混同している事実を認めることはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

三、以上説示のとおり、被告商標は観念、外観および称呼のいずれの面においても本件登録商標と同一ないし類以であると認めることができないから、被告がなす被告商標の使用はなんら原告の有する本件登録商標権を侵害するものではないといわざるを得ない。

よって、被告商標の使用が本件登録商標権の侵害となることを前提とする原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大江健次郎 楠賢二 庵前重和)

(別紙)

標章(1)〔本件登録商標〕

標章(2)〔被告商標〕

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例